アセチル基(CH₃CO-)は酢酸からヒドロキシ基を取り除いた1価の官能基で、生体内ではエステルやアミドとして広く存在します。脱炭酸反応とは、カルボン酸から二酸化炭素(CO₂)が離脱する反応を指し、アセチル基が関与する場合、特に生化学的代謝や有機合成において重要な役割を果たします。
参考)アセチル基 - Wikipedia
この反応の特徴は、炭酸イオン(CO₃²⁻)が抜けるような形で進行することです。特にβ-ケト酸やマロン酸誘導体では、カルボニル基の電子求引性により脱炭酸が容易に進行します。アセチル基を持つ化合物の脱炭酸は、温和な条件下で進行することが多く、触媒の選択により反応生成物を制御できる点が特徴的です。
参考)カルボン酸・エステル(一覧・構造・命名法・製法・反応・性質な…
実験室レベルでは、メタンやアセトンの生成にカルボン酸の脱炭酸反応が利用されています。工業的には、脂肪酸の脱炭酸により対称ケトンを高収率で合成する方法も確立されており、70%以上、好ましくは85%以上の転化率を達成することが可能です。
脱炭酸反応を触媒する酵素は脱炭酸酵素(デカルボキシラーゼ)またはカルボキシリアーゼ(EC 4.1.1)と呼ばれます。生化学系では、ピルビン酸デヒドロゲナーゼ複合体が代表的な例です。この酵素は多酵素複合体であり、ピルビン酸から脱炭酸反応によりCO₂を放出し、残ったアセチル基を補酵素A(CoA)に結合させる5連続反応を触媒します。
参考)脱炭酸 - Wikipedia
具体的な反応機構として、まずピルビン酸が酵素に結合し、チアミンピロリン酸(TPP)を補酵素として脱炭酸が進行します。生成したヒドロキシエチル-TPP中間体から、アセチル基がリポ酸に転移し、最終的にCoAと結合してアセチルCoAが形成されます。この過程でNAD⁺が還元されてNADHが生成されます。
参考)https://www.bio.sci.osaka-u.ac.jp/~ohoka/materials_24/biochemB_24.html
マロン酸脱炭酸酵素の研究では、アセチルCoA:マロン酸CoAトランスフェラーゼが初発段階で重要な役割を果たすことが明らかにされています。酵素触媒による脱炭酸は基質特異性が高く、立体選択的な反応が可能であり、不斉合成への応用も期待されています。
参考)https://rose-ibadai.repo.nii.ac.jp/record/11849/files/CSI2011_0418.pdf
日本生物工学会 - TCAサイクルにおける脱炭酸酵素の詳細な解説
化学触媒を用いた脱炭酸反応では、金属触媒や鉱物触媒が広く利用されています。ハイドロタルサイト(水滑石)触媒は、脱炭酸条件下で脂肪酸および水による陽イオンの浸出に非常に耐性を示すことが見出されており、約225℃~500℃の温度範囲で効率的にカルボン酸をケトンに転化します。
参考)https://patents.google.com/patent/JP2009530335A/ja
反応式は以下のように表されます。
2R-COOH → R-C(O)-R + CO₂ + H₂O
この反応では、約10~21個の炭素原子を含む脂肪酸から、20~40個の炭素数を有する対称ケトンが生成されます。触媒の種類により、約0.1~20 hr⁻¹の重量毎時空間速度(WHSV)で反応が進行し、圧力は0.01~10 barの範囲で制御されます。
近年では光触媒を利用した脱炭酸反応も注目されています。光触媒により、同一の出発原料から用いる触媒の種類を変えるだけで、ラジカル種とカチオン種を自在に発生させることが可能となり、Kolbe二量化反応やHofer-Moest反応などを選択的に進行させることができます。ニッケル触媒と光増感剤を組み合わせたシステムでは、Ni(II)中間体の光励起によりNi(III)への酸化を経由して脱炭酸反応が起こります。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/yukigoseikyokaishi/75/12/75_1286/_pdf/-char/en
生体内でのアセチル基の脱炭酸は、主にTCAサイクル(クエン酸回路)において重要な役割を果たします。解糖系で生成したピルビン酸は脱炭酸されてアセチルCoAとなり、これが4炭素化合物であるオキザロ酢酸と結合して6炭素のクエン酸を形成します。
参考)https://www.jsbba.or.jp/manabu/site/05_02.html
TCAサイクルでは2回の脱炭酸反応が起こります。第1回目はイソクエン酸からα-ケトグルタル酸への変換時、第2回目はα-ケトグルタル酸からスクシニルCoAへの変換時です。これらの脱炭酸反応では、脱水素反応と組み合わさってNADHが生成され、最終的にATP合成に利用されます。
参考)http://physiology.jp/wp-content/uploads/2014/01/070010003.pdf
アセチルCoAは代謝の中心的な化合物であり、糖、脂肪酸、アミノ酸の異化代謝がすべてアセチルCoAを介してつながっています。2炭素化合物であるアセチル基は、4炭素のオキザロ酢酸と縮合することで炭素鎖の伸長が可能となり、生体エネルギー産生の要となっています。
α-ケト酸の酸化的脱炭酸は、α-ケト酸酸化酵素群によって触媒され、その反応機構は補酵素としてチアミンピロリン酸、リポ酸、CoA、FAD、NAD⁺を必要とする複雑なものです。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/7be16489c4d317f223c2e3a3dabf7432d44896ff
大阪大学生物科学専攻 - ピルビン酸デヒドロゲナーゼの詳細な講義資料
アセチル基は有機合成においてアルコールの保護基としても広く利用されており、その脱保護反応は合成戦略上重要です。保護基としてのアセチル基は、弱めの酸性条件、弱めのヒドリド還元、接触還元には耐えますが、塩基性や求核剤、強酸条件では脱保護されます。
参考)アセチル基(Ac基)よるアルコール(水酸基)の保護基
脱保護の反応機構は、塩基性条件下では水酸化物イオンがアセチル基のカルボニル炭素を求核攻撃し、アルコキシドが脱離します。このアルコキシドは塩基性が高いため、すぐに酢酸と反応して酢酸ナトリウムとアルコール体を生成します。実用的には、メタノール中で炭酸カリウムを作用させる条件がマイルドで広く用いられており、室温で2時間程度の反応で高収率で脱保護できます。
アセチル化反応自体は、アセチルトランスフェラーゼ酵素によって触媒され、ドナー分子(多くの場合アセチル-CoA)からアクセプター分子へのアセチル基転移が起こります。ヒストンタンパク質のアセチル化では、ヒストンアセチルトランスフェラーゼ(HAT)がヒストン尾部にアセチル基を付加し、クロマチン構造と遺伝子発現を調節します。
参考)アセチル化の多面的役割の解明: 化学と生物学の橋渡し はじめ…
また、酢酸を基質として直接RNAをアセチル化する酵素TmcALの発見により、アセチル化の多様性が明らかになりました。この酵素はアミノアシルtRNA合成酵素と同様の反応機構でATPを用いてアセチル酸を活性化し、tRNAに転移させます。
参考)酢酸を基質としてRNAをアセチル化する酵素の発見 : ライフ…
Chem-Station - アシル系保護基の詳細な解説と反応例