安定同位体と放射性同位体の違いは原子核の安定性

同じ元素でも中性子数が違えば性質は大きく変わります。安定同位体と放射性同位体の本質的な違いは何でしょうか。原子核の構造から崩壊のメカニズム、医療や分析への利用方法まで詳しく解説します。鉱石に含まれる同位体の見分け方も気になりませんか。

安定同位体と放射性同位体の違い

この記事のポイント
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原子核の安定性

中性子と陽子のバランスが崩壊の有無を決定する

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放射線の放出

放射性同位体は時間とともに他の元素へ変化

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実用面の違い

医療診断からトレーサー実験まで多様な応用

安定同位体と放射性同位体の定義と原子核構造

 

同位体とは、原子番号(陽子数)が同じでも中性子数が異なる原子のことです。同位体のうち、放射線を出さずに自然界で安定に存在するものを安定同位体、時間とともに放射性崩壊を起こして放射線を放出するものを放射性同位体と呼びます。

 

参考)環境省_原子核の安定・不安定

原子核は陽子と中性子から構成されており、陽子の数が原子番号を決定します。陽子の数と中性子の数を合計したものが質量数となり、原子の質量を表す指標になります。同位体は同じ陽子数を持つため化学的性質は同じですが、中性子数が異なるため質量数が違います。

 

参考)一般社団法人日本核医学会

原子核の安定性は陽子と中性子のバランスによって決まります。安定同位体は原子核内の陽子と中性子の比率が最適で、原子核が安定しているため放射性崩壊を起こしません。一方、放射性同位体は原子核が不安定な状態にあり、安定な状態に移るために自然に放射線を放出します。

 

参考)放射線の発生

例えば水素の同位体には、通常の水素(質量数1)、重水素(質量数2)、三重水素(トリチウム、質量数3)の3種類があります。このうち通常の水素と重水素は安定同位体ですが、トリチウムは放射線を出すため放射性同位体に分類されます。

 

参考)安定同位体

放射性同位体の崩壊メカニズムと半減期

放射性同位体の原子核は自然に放射線を出して別の核種に変化します。これを原子核崩壊または壊変と呼びます。崩壊には主にα崩壊、β崩壊、γ崩壊の3種類があり、それぞれ異なる放射線を放出します。

α崩壊では原子核からヘリウム原子核(α線)が放出され、原子番号が2、質量数が4減少します。β崩壊では中性子が陽子に変わるか、陽子が中性子に変わる過程で電子や陽電子(β線)が放出され、原子番号が1変化します。γ崩壊では原子核が高エネルギー状態から安定状態に移る際に電磁波(γ線)を放出します。

放射性同位体の崩壊は一定時間の間に一定の確率で起こり、はじめの原子数の半分が崩壊するまでの時間を半減期と呼びます。半減期は放射性同位体ごとに固有の値を持ち、物質の置かれている物理的・化学的環境には一切依存しません。崩壊する確率は崩壊定数に比例し、崩壊定数が大きいほど高い確率で崩壊します。

 

参考)半減期 - Wikipedia

半減期の計算式は崩壊定数λから導出でき、半減期をt₁/₂とすると、初期原子数N₀の半分が崩壊する条件から求められます。この性質により、放射性同位体を用いた年代測定や医療診断が可能になります。

 

参考)原子核の崩壊と半減期(微分方程式の応用例)

安定同位体の存在比と元素ごとの特徴

自然界に存在する元素の多くは複数の安定同位体を持ち、それぞれ一定の比率で存在しています。この比率を存在比と呼び、元素によって大きく異なります。

 

参考)安定同位体(stable isotopes)

水素の場合、質量数1の通常の水素が99.985%、質量数2の重水素が0.015%の存在比で自然界に分布しています。炭素では質量数12の¹²Cが98.90%、質量数13の¹³Cが1.10%の割合で存在します。塩素には質量数35の³⁵Clが75.77%、質量数37の³⁷Clが24.23%含まれています。

 

参考)同位体(一覧・例・性質・存在比を使った計算など)

これらの安定同位体は放射線を出さず、時間が経過しても変化しないため「沈黙の同位体」とも呼ばれます。一方で放射性同位体は少しずつ壊れて放射線を出すため、その所在を放射能によって容易に検知できます。

 

参考)https://www.touyakukai.com/s-baba/kisokouza4.html

環境省の原子核の安定・不安定に関するページ
安定同位体と放射性同位体の基本的な性質と違いについて、図解を交えて分かりやすく解説されています。

 

炭素を例にとると、¹²Cと¹³Cが安定同位体であり、¹⁴Cなど他の同位体は放射性同位体です。放射性同位体は時間とともに電子・陽子・中性子・電磁波を放出するため他の核種に変化していきますが、安定同位体は一定の比率で自然界に安定に存在し続けます。

放射性同位体と安定同位体の利用分野

放射性同位体は医療分野で広く活用されており、PET検査やSPECT検査などの画像診断、さらに内用療法にも用いられています。放射線を放出する性質を利用して、体内の特定部位に集まった放射性同位体の分布を画像化することで、病変の診断が可能になります。

 

参考)https://www.chemistry.or.jp/journal/ce72_09.pdf

安定同位体は放射線を出さないため、より安全なトレーサーとして利用できます。2000年11月には日本で初めて安定同位体を用いた医薬品として¹³C尿素が認可され、ヘリコバクター・ピロリ感染診断法の尿素呼気試験に臨床応用されています。患者に¹³C尿素を投与し、呼気中の¹³CO₂を測定することで、胃内の細菌感染を診断します。

 

参考)https://www.jsac.or.jp/bunseki/pdf/bunseki2005/wadai200506.pdf

トレーサー実験では、放射性同位体(RI)または安定同位体で標識した薬物を用い、標識を指標にして薬物の動きを追跡します。安定同位体トレーサー法では¹³Cや¹⁵Nなどの安定同位体を用いて、栄養科学における蛋白代謝評価、海洋科学における光合成プランクトンや窒素サイクルの研究、農学における土壌や植物体の栄養吸収の研究などが行われています。

 

参考)全自動安定同位体比質量分析計による解析(SIトレーサー研究室…

日本化学会の同位体化学の医療利用に関する資料
放射性同位体と安定同位体それぞれの医療現場での具体的な利用例と、前臨床・臨床検査への応用について詳しく説明されています。

 

地球化学分野では、安定同位体比の精密測定が有力な研究手段となっており、岩石の年代測定などに活用されています。また環境科学分野では、酸素や水素の安定同位体比を用いて地下水の流出成分解析が行われています。

 

参考)302 Found

鉱石から見る同位体の多様性と意外な性質

自然界の鉱石には様々な元素が含まれており、それぞれの元素が複数の同位体を持つことで、鉱物学的に興味深い現象が観察されます。例えばウランは原子番号92の元素ですが、陽子92個に対して中性子を143個もつ同位体と146個もつ同位体が主要なものとして存在します。

 

参考)https://www.nendai.nagoya-u.ac.jp/document/images/radioiso.pdf

原子番号が大きくなると陽子に比べて中性子が多くなる傾向があります。これは原子核内で陽子同士の電気的反発力を中性子が緩和する役割を果たすためです。軽い元素では陽子と中性子の数がほぼ等しいバランスで安定しますが、重い元素では中性子が過剰になる必要があります。

鉱石に含まれる放射性同位体の中には、極めて長い半減期を持つものがあります。このような長寿命の放射性同位体は地球誕生時から現在まで残存しており、年代測定の重要な指標となっています。逆に半減期が短い放射性同位体は、宇宙線との相互作用や核分裂反応によって新たに生成されない限り、自然界ではほとんど観察されません。

 

同位体の性質を理解することで、鉱石の形成年代や起源、さらには地球の進化過程を解明する手がかりが得られます。特に安定同位体比の測定は、鉱石が形成された時の温度や圧力、化学的環境を推定する上で非常に有用です。

 

放射性同位体の崩壊系列を追跡すると、一つの放射性同位体が複数の崩壊過程を経て最終的に安定同位体に到達する様子が分かります。例えばウラン系列では、ウラン238が複数回のα崩壊とβ崩壊を繰り返し、最終的に安定な鉛206に変化します。この崩壊系列の中間生成物も放射性同位体であり、それぞれ固有の半減期と崩壊様式を持ちます。

 

鉱石中の同位体比を詳細に分析することで、その鉱石が地球上で形成されたものか、隕石由来のものかを判別することも可能です。地球外物質は地球上の物質とは異なる同位体比を示すことが多く、太陽系形成初期の環境を反映しています。

 

 


安定同位体というメガネ: 人と環境のつながりを診る (地球研叢書)