ゼータ電位は、液体中に分散している粒子の表面とその周囲の液体との間に生じる電位差を指す物理量です。具体的には、粒子表面近くの「滑り面」と呼ばれる層と液体のバルク部分との間の電位差をミリボルト(mV)単位で表現します。この電位は粒子間の静電反発力や引力の大きさを評価する基準となり、分散系の安定性に大きく影響を与えます。
ゼータ電位の絶対値が大きいほど、粒子間の静電反発力が強くなり分散が安定します。一般的に絶対値が25mV以上になると粒子同士は凝集しにくい状態になるとされています。逆にゼータ電位がゼロに近づくと、粒子は凝集しやすくなり沈殿や凝縮が起こりやすくなります。
陶磁器や食器の製造工程において、ゼータ電位の測定は原料粉末の分散状態を評価する重要な手段です。岐阜県セラミックス研究所では陶磁器食器の製造に関わる基本的な研究として、漿(しょう)中に含まれる粉体の分散状態をゼータ電位測定装置で評価しています。
各種酸化物や材料のゼータ電位は、pH値や溶液の条件によって変化しますが、等電点(ゼータ電位がゼロになる点)は物質固有の特性として知られています。
| 物質名 | 等電点pH | 特徴 |
|---|---|---|
| SiO2(石英) 🪨 | pH 1.8~2.5 | 低pH域で等電点、通常は負に帯電 |
| TiO2(ルチル) 💎 | pH 4.8~6.7 | 合成・天然で値が異なる |
| α-Al2O3 ⚪ | pH 9.1~9.2 | 高pH域まで正に帯電しやすい |
| γ-Al2O3 🔵 | pH 7.4~8.6 | 中性付近で等電点 |
| ZnO 🤍 | pH 9.3~10.3 | アルカリ側で等電点 |
| α-Fe2O3(赤鉄鉱) 🔴 | pH 6.7~8.3 | 中性付近で等電点 |
これらの数値は電気泳動法や流動電位法などの界面動電測定により実測された値であり、各酸化物微粒子の分散液を安定化させるには系のpHを等電点からできるだけ遠ざけることが重要です。
陶磁器の原料として使用される各種酸化物は、製造工程のpH管理によってゼータ電位が変化し、スラリーの流動性や成形性に影響を与えます。例えばシリカ(SiO2)は通常のpH域で負に帯電しており、pH 1.8~2.5の酸性域で等電点を示します。
陶磁器食器の製造において、ゼータ電位測定は原料スラリーの分散安定性を評価する重要な技術です。岐阜県セラミックス研究所などの研究機関では、陶磁器の発展につながる研究の一環として、超音波の減衰やコロイド振動電流からゼータ電位や粒子径分布を測定しています。
水系セラミックス懸濁液を用いた成形技術では、ゼータ電位の制御が製品品質に直結します。粒子の分散状態が良好であれば、均一な密度の成形体が得られ、焼成後の製品強度も向上します。逆に分散が不十分だと、局所的な密度ムラが生じ、クラックや強度低下の原因となります。
セラミック加工におけるアルミナのゼータ電位制御も重要な技術分野です。アルミナ試料のゼータ電位に対するPEG(ポリエチレングリコール)やAPMA(アミノプロピルメタクリレート)などの分散剤の影響を調べることで、最適な分散条件を見出すことができます。食器製造では、こうした分散制御技術により、表面の滑らかさや防汚性などの品質向上が実現されています。
ゼータ電位の測定には主に電気泳動法が用いられます。この方法は、溶液に電場をかけたときの粒子の移動速度(電気泳動移動度)からゼータ電位を算出する原理に基づいています。帯電した粒子が分散している系に外部から電場をかけると、粒子は電極に向かって泳動し、その速度は粒子の荷電に比例するため、泳動速度を測定することでゼータ電位が求められます。
現代の測定装置では、レーザードップラー法と呼ばれる技術が広く採用されています。光や音波が動いている物体に当たり反射すると、周波数が物体の速度に比例して変化する「ドップラー効果」を利用して粒子の泳動速度を求めます。電気泳動している粒子にレーザー光を照射すると、散乱光の周波数がシフトし、そのシフト量から泳動速度が分かる仕組みです。
板状試料の表面ゼータ電位測定も可能です。ガラスや陶磁器などの平板試料は、専用セルを使用してトレーサー粒子を分散させた溶液中に浸し、電場をかけて板状試料表面によって変化するトレーサー粒子移動度から測定します。島津テクノでは市販のスライドガラスをpH 4、6、10の条件で測定し、粉砕したスライドガラスのpHタイトレーション測定値と比較する研究を行っています。
陶磁器食器の品質管理において、ゼータ電位データは表面処理や吸着性評価の重要な指標となります。各種素材の表面のゼータ電位を測定することは、表面処理状態や表面付着・吸着状態を評価する上で欠かせません。電気泳動光散乱法で平板サンプル用セルを用いることで、テフロン板や塩化ビニル板といった素材の表面ゼータ電位のpH依存性を容易に測定できます。
食器表面のゼータ電位は、汚れの付着しやすさや洗浄性にも関連します。表面ゼータ電位が適切に制御されていれば、菌類や汚れ物質の吸着を抑制できる可能性があります。実際に歯科材料や衛生陶器への菌類吸着現象の解明にもゼータ電位測定が活用されており、食器分野への応用も期待されています。
ゼータ電位は単に粒子分散系の安定性評価の指標だけではなく、固体の表面ゼータ電位測定を行うことで、固体表面でのさまざまな反応を理解する上でも必要不可欠なパラメーターです。陶磁器食器においても、製造工程での原料管理から最終製品の表面特性評価まで、一貫したゼータ電位データの活用が品質向上に貢献しています。製造現場では、pH調整やイオン濃度の管理により、目的とするゼータ電位範囲に制御することで、成形性、焼成品質、表面性状の最適化を図っています。
大塚電子による各種素材の表面ゼータ電位測定事例 - テフロン板や塩化ビニル板のpH依存性データを参照
日本分析化学会によるゼータ電位の測定解説 - 電気二重層の理論から測定法まで詳細な技術資料
岐阜県セラミックス研究所の陶磁器研究報告 - 食器製造に関わる基本研究としてのゼータ電位測定活用例