塩化鉄は水に溶ける性質と陶器着色への活用法

陶器や食器の着色に使われる塩化鉄は、水に高い溶解性を持つ化学物質です。この性質が陶芸での発色や釉薬との反応にどう関係するのか、安全性も含めてご存知ですか?

塩化鉄の水への溶解性

塩化鉄が水に溶ける3つの特徴
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極めて高い溶解度

塩化鉄(III)は水100gに対して246g(0℃)も溶ける優れた水溶性を持つ

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温度依存性

温度が高いほど溶解度が増加し、陶芸の着色技法に活用できる

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イオン化の仕組み

水中でFe³⁺イオンとCl⁻イオンに解離し、陶器への色素浸透を促進

塩化鉄の水溶性の仕組みと化学的性質

 

塩化鉄(III)(FeCl₃)は水に極めて溶けやすい化学物質で、その溶解度は水100gあたり246g(0℃)にも達します。この高い水溶性は、塩化鉄が水中で鉄(III)イオン(Fe³⁺)と塩化物イオン(Cl⁻)に解離する性質によるものです。塩化第二鉄とも呼ばれるこの物質は、黄褐色の結晶または粉末として存在し、潮解性が強いため空気中の湿気を吸収しやすい特徴があります。
参考)塩化鉄(III) - Wikipedia

水への溶解は温度によって大きく変化します。溶解度は10℃で64.4g/100mL、100℃では105.7g/100mLまで増加するため、温度管理が陶芸での着色作業に重要な役割を果たします。塩化鉄(II)(FeCl₂)も水に易溶で、10℃における溶解度は37.6g/100g水と報告されています。両者とも水に溶けやすい性質を持ちますが、塩化鉄(III)の方がより高い溶解性を示します。
参考)塩化鉄(II) - Wikipedia

塩化鉄溶液の特性と温度の影響

塩化鉄を水に溶かした溶液は強い酸性を示します。これは塩化鉄(III)が水中で加水分解を起こし、塩化水素(HCl)を生成するためです。反応式は以下の通りです:FeCl₃ + 3H₂O → Fe(OH)₃ + 3HCl。この反応は温度に依存し、沸騰水中では右向きの反応が促進されます。
参考)http://kinki.chemistry.or.jp/pre/a-361.html

塩化鉄(III)水溶液の色は濃度によって変化し、通常は黄褐色から赤褐色を呈します。一方、塩化鉄(II)の水溶液は美しい緑色を示し、酸化されると赤褐色の塩化鉄(III)に変化します。この色の変化は、鉄イオンの酸化状態(Fe²⁺からFe³⁺)の変化を視覚的に示すものです。
参考)http://www.ons.ne.jp/~taka1997/education/2011/chemistry/08/index.html

溶液のpHは2以下と非常に低く、強い酸性を示すため、金属に対して腐食性があります。この酸性の性質は、陶芸での使用時に釉薬との化学反応を引き起こし、独特の発色効果をもたらす要因となっています。
参考)http://www.nihs.go.jp/law/dokugeki/hyouka/2013/7705-08-0.pdf

陶器・食器への塩化鉄の着色効果と発色メカニズム

塩化鉄は陶芸分野において重要な着色剤として利用されています。水溶性金属化合物である塩化鉄は、液体顔料として素地に染み込ませることができ、透明釉薬を透かした淡い発色が特徴です。塩化第一鉄(塩化鉄(II))を使用した場合、焼成後に黄色の発色が得られます。
参考)下絵具⑫水溶性金属化合物(液体顔料) - 陶芸百貨店(by彩…

陶芸での使用方法は独特です。素焼き後の作品に塩化鉄を直接塗布し、その上から釉薬をかけて焼成する技法が一般的です。この方法により、志野釉のような効果を生み出すことが可能になります。塩化鉄を塗った部分は、釉薬を通して独特の色合いを発色し、作品に深みのある表現をもたらします。
参考)陶芸酸化鉄の効果を教えて下さい。釉がけを調べています。素焼き…
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発色は釉薬の種類によって大きく変化します。塩化鉄が釉薬中に溶け込むことで、釉薬のアルカリ成分と反応し、発色の違いが生じます。例えば、切開釉と石灰バリウム釉では、同じ塩化鉄を使用しても異なる色調が得られます。これは釉薬の化学組成が塩化鉄の発色に影響を与えるためで、陶芸家はこの性質を利用して多様な表現を追求しています。youtube​

塩化鉄の溶解性を活かした陶芸での実践的活用法

塩化鉄の高い水溶性は、陶芸での使用において大きな利点となります。水で希釈することで濃度を調整でき、2倍水溶液、4倍水溶液、10倍水溶液など、目的に応じた濃度で使用可能です。希釈倍率によって発色の濃淡が変化するため、表現の幅が広がります。
参考)水溶性金属化合物(液体顔料):硝酸コバルト、塩化コバルト、塩…
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液体顔料としての塩化鉄は、可溶性金属塩を水に溶いて使用するため、粉末の絵具とは異なるぼかし感のある表現が可能です。素地に染み込ませた塩化鉄は釉薬を塗って焼成する際に釉薬と反応し、釉薬の種類や焼成条件によって様々な色調を生み出します。youtube​
陶芸での塩化鉄の使用は、酸化鉄などの従来の鉄系着色剤とは異なる特性を持ちます。酸化鉄が粉末状の不溶性物質であるのに対し、塩化鉄は水溶性のため素地への浸透性が高く、より繊細な発色表現が可能です。釉薬着色剤として鉄分を添加する場合、酸化鉄(弁柄)は2~4%(黄瀬戸)から10%以上(黒釉)使用されますが、塩化鉄は液体として使用するため添加量の調整が容易です。​

塩化鉄溶液の安全性と食器への影響

塩化鉄(III)は腐食性があり、皮膚や目に有害な場合があるため、取り扱いには注意が必要です。急性毒性値はラット経口でLD₅₀が1870mg/kg、マウス経口で895mg/kgと報告されており、劇物に指定されています。水溶液のpHは2以下と強い酸性を示し、皮膚や眼に対する腐食性があります。
参考)https://chikamochi.co.jp/wp/wp-content/uploads/2023/08/f0214055-94e7-45c9-a928-630ef5f6c4b8.pdf

陶芸での使用において、焼成後の陶器や食器に残存する塩化鉄の影響については慎重な検討が必要です。焼成過程で塩化鉄は化学変化を起こし、酸化鉄などの安定した化合物に変化します。高温で焼成することにより、塩素成分は塩化水素として揮発し、鉄成分は釉薬と結合して安定した状態になると考えられます。
参考)塩化鉄(III)六水和物

ただし、塩化鉄は水と接触すると分解して塩化水素を生じる性質があります。食器として使用する陶器に塩化鉄を用いる場合は、十分な焼成と釉薬による封じ込めが重要です。一般的な陶芸作品は1200~1250℃で焼成されるため、この温度では塩化鉄は完全に変化し、安定した酸化鉄の形態となります。
参考)https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/7705-08-0.html

食器洗浄機の使用は釉薬の艶を失わせる可能性があるため、手洗いが推奨されています。塩素系漂白剤はメラミン食器などに黄変を引き起こすため、陶器であっても長期的な影響を考慮して酸素系漂白剤の使用が望ましいでしょう。
参考)http://shokusen.jp/ssk01/wp/wp-content/uploads/2016/07/shokusenkyou-series20.pdf

参考リンク(塩化鉄の水溶性と化学的性質について)。
塩化鉄(III)六水和物の詳細な物理化学的性質
参考リンク(陶芸での液体顔料の使用方法)。
水溶性金属化合物(液体顔料)の陶芸技法
参考リンク(塩化鉄の安全性情報)。
職場のあんぜんサイト - 塩化鉄(III)の安全データシート