生命の木諸星大二郎と妖怪ハンター作品の魅力

諸星大二郎の傑作『生命の木』は妖怪ハンターシリーズの中でも最高峰の評価を得ている作品です。東北の隠れキリシタン伝説をモチーフに、聖書異伝と超常現象を融合させた世界観が多くの読者を魅了し続けています。この作品がなぜ多くのファンから最高傑作と称されるのでしょうか?

生命の木と諸星大二郎の妖怪ハンター

この記事のポイント
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妖怪ハンターシリーズの最高傑作

『生命の木』は1976年発表の短編でありながら、諸星作品の中でも特に高い評価を受け続けている名作

隠れキリシタンという独特の題材

東北地方の隠れキリシタン集落に伝わる聖書異伝「世界開始の科の御伝え」が物語の核心を成す

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映画化された作品

2005年に阿部寛主演で映画『奇談』として実写化され、原作の深遠なテーマに挑戦

生命の木とは諸星大二郎の代表作

『生命の木』は諸星大二郎の『妖怪ハンター』シリーズの一編として、1976年に『週刊少年ジャンプ』増刊8月号に掲載された短編作品です。異端の考古学者・稗田礼二郎を主人公とするこのシリーズの中でも、特に評価が高く、多くのファンから最高傑作の一つとして絶大な支持を受け続けています。作中の「おらといっしょに"ぱらいそ"さいくだ」というフレーズは、ファンの間で大流行し、諸星作品を象徴する名言となりました。この作品は諸星ワールドの真髄が詰まった傑作であり、圧倒的なビジュアルイメージとともに、諸星=天才伝説の決定打となった作品です。
参考)生命の木 (漫画) - Wikipedia

 

短編でありながら、東北地方の隠れキリシタン伝説をモチーフに、超常的な存在と人間の関係を描いた深遠な物語展開が特徴です。諸星大二郎は少年向けという配慮を全くせず、いきなりとんでもないものをガンガンぶち込んできたと評されており、私たちの理解の埒外にある異界の論理を、異界の論理のままに提示することに成功しています。物語は短いストーリーの中に、潜伏クリスチャンの生活文化や信仰する教え、社会環境などが凝縮された描写が特徴で、事実と創作が見事に融合しています。
参考)マンガのスコア LEGEND34諸星大二郎 マンガ家の中のマ…

 

この作品が発表されたのは妖怪ハンターシリーズの第四作目であり、第一作「黒い探究者」、第二作「赤い唇」、第三作「死人帰り」、そして短期連載『暗黒神話』を挟んでの発表となりました。諸星大二郎にとって初めての連載作品である『妖怪ハンター』は、1974年から『週刊少年ジャンプ』で連載が開始され、後に青年誌へと発表の場を移しながら、2020年現在でも不定期連載が続く息の長いシリーズとなっています。
参考)妖怪ハンター - Wikipedia

 

生命の木の物語に描かれた聖書異伝

物語の舞台となるのは、東北地方某所の「はなれ」と呼ばれる隠れキリシタンの集落です。この集落には「世界開始の科の御伝え」という聖書異伝が伝わっており、それによると太古、人間は楽園で暮らしていたものの、禁断の果実を食べたことで「でうす」の怒りを買い、楽園を追われたとされています。
この聖書異伝の最大の特徴は、通常の旧約聖書の創世記とは異なる設定が加えられている点です。「あだん」と「えわ」の夫婦は知恵の木の実を食べましたが、もう一人の人物「じゅすへる」は生命の木の実を食べたとされており、そのため「じゅすへる」とその子孫は神と同様に不死となりました。地上が人間で満たされることを憂いた「でうす」は「いんへるの」を開き、「じゅすへる」の一族をそこに引き入れ、「きりんと」が来たる日まで尽きぬ苦しみを味わう呪いをかけたという伝承が残されています。
参考)『プリンス・オブ・エジプト』と『生命の木』 - シン・くりご…

 

この独自の創世記解釈が物語の核心を成しており、主人公の「ぼく」はこの聖書異伝に興味を持ち、地元のカトリック教会の神父と共に「はなれ」を訪れることになります。興味深いことに、この集落は江戸時代に切支丹弾圧の嵐を受けたものの、不思議なことに一人の殉教者も出ていないという謎があります。物語は「はなれ」の住民が何者かに殺された事件をきっかけに展開し、主人公と考古学者の稗田礼二郎が村に秘められた謎を追うことになります。
参考)生命の木(漫画)- マンガペディア

 

諸星大二郎の妖怪ハンターシリーズ全体像

『妖怪ハンター』は諸星大二郎にとって初めての連載作品であり、異端の考古学者・稗田礼二郎が日本各地の様々な場所を学術調査で訪れ、その地の歴史や伝承などを独自の視点で再検証していくシリーズです。稗田礼二郎は元K大の考古学教授という設定で、超次元的・超自然的な事件に遭遇していく様が描かれています。
シリーズは『週刊少年ジャンプ』1974年37号から41号にかけて最初のシリーズが連載され、その後は集英社の『週刊ヤングジャンプ』『ベアーズクラブ』『ウルトラジャンプ』、講談社の『メフィスト』など、青年誌に移して断続的に連載が続いています。初期の代表作には「黒い探求者」「赤いくちびる」「生命の木」「闇の中の仮面の顔」「死人帰り」などがあり、それぞれが独立した短編として完結しながらも、稗田礼二郎という探求者の視点で一貫性が保たれています。
参考)http://www.asahi-net.or.jp/~DN4N-IMNR/youkaih1.html

 

「黒い探求者」は、サルバドール・ダリの「内乱の予感」にインスピレーションを受けたという"ヒルコ"の造形が出色で、のちに塚本晋也によって映画化されました。第二作「赤い唇」は、あの伊藤潤二に多大な影響を与えた作品として知られています。2020年現在の最新作は『ウルトラジャンプ』にて2009年から不定期連載されている『妖怪ハンター 稗田の生徒たち』となっており、シリーズは40年以上にわたって継続されています。

生命の木から見る諸星作品の創作手法

諸星大二郎の作品は、膨大な資料や調査に基づいて創作されており、それは漫画という範疇を超え、もはや文芸に近いと評する意見もあるほどです。『生命の木』においても、東北地方の隠れキリシタンの歴史や習俗、宗教的背景について綿密な調査が行われており、その上で独自の解釈と創作が加えられています。
参考)諸星大二郎デビュー50周年に接し、「妖怪ハンター・生命の木」…

 

諸星作品の特徴として「日常のすぐ隣に潜む怪異や非日常」を描く手法が挙げられます。緊張や不安と表裏一体のとぼけたユーモア感覚、想像を促す絵、丸ペンによる執拗な書き込みなどが、独特の世界観を生み出しています。また、諸星作品には「人間の顔をもった不定形のドロドロしたなにか」がライトモチーフとして登場することが多く、これは処女作である『生物都市』でも描かれています。youtube
参考)生物都市 - Wikipedia

 

『生命の木』では、隠れキリシタンの集落が舞台となっており、近親婚を繰り返したためか村人すべてが精神薄弱者として生まれてくるという設定が描かれています。近年の収録に際しては、掲載当時とは大きく世相が違う事や人権への配慮もあってか、一部の差別的な台詞に修正が入れられていますが、作品の本質的な魅力は損なわれていません。作中には稗田礼二郎が村の隠れキリシタン灯ろうの中から発見する「ケルビムの骨」という謎の動物の骨が登場し、これが物語の鍵を握る重要なアイテムとなっています。
参考)生命の木(妖怪ハンター) - アニヲタWiki(仮) - a…

 

生命の木の映画化と諸星大二郎の受賞歴

『生命の木』は2005年に映画『奇談』として実写化され、阿部寛が考古学者・稗田礼二郎役を演じました。藤澤恵麻がヒロインを務め、小松隆志監督が深遠なテーマと壮大なスケールを持つ原作の映像化に挑戦しました。映画では、子供のころ神隠しにあったことのある大学院生の里美が、失われた記憶を求めて隠れキリシタンの村を訪ね、そこで考古学者の稗田と出会い、想像を絶する奇蹟に遭遇するというストーリーが展開されます。原作ファンの間では、原作の方がまとまりがあり、おどろおどろしい世界観がより強く表現されているという評価もあります。
参考)奇談 キダン (2005):キャスト・あらすじ・作品情報|シ…

 

諸星大二郎は1949年長野県軽井沢町生まれで、5歳で東京都足立区に転居しました。1970年に『COM』で『ジュン子・恐喝』にてデビューし、1974年に『生物都市』で第7回手塚賞に入選したことで注目を集め、本格的な作家活動に入りました。『生物都市』は、宇宙船が持ち帰った病原菌によって生物と無機物が融合し、新たな都市が形成されるという衝撃的なストーリーで、諸星大二郎のキャリアを決定づけた作品となりました。
参考)諸星大二郎の最高傑作は?読む順番とおすすめ作品を紹介!
youtube
その後の受賞歴も輝かしく、1992年に『ぼくとフリオと校庭で』『異界録』で第21回日本漫画家協会賞優秀賞を受賞。2000年には『西遊妖猿伝』で第4回手塚治虫文化賞漫画大賞を受賞し、2008年には『栞と紙魚子』で第12回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞しています。2014年には第64回芸術選奨文部科学大臣賞、2018年には第47回日本漫画家協会賞コミック部門大賞を受賞するなど、日本を代表する漫画家として高い評価を得ています。
参考)諸星大二郎

 

諸星大二郎の他の代表作品との比較

『生命の木』と並んで諸星大二郎の最高傑作として挙げられる作品には、『暗黒神話』『孔子暗黒伝』『生物都市』『西遊妖猿伝』などがあります。『暗黒神話』は、日本の神話や古代史を題材にした壮大なスケールの物語で、天皇家のルーツや封印された神々の謎を解き明かす内容となっており、宮崎駿の『もののけ姫』の影響源ともいわれています。この作品は1976年から『週刊少年ジャンプ』に連載され、民俗学や妖怪、神話など、諸星ワールドががっつり詰まった一作となっています。
参考)諸星大二郎について|経歴・暗黒神話・妖怪ハンターなどおすすめ…

 

『孔子暗黒伝』は、孔子を巫術を操る呪能者として描く驚異的な再解釈の作品で、儒教とインド哲学を融合させた物語が学術的な視点でも非常に興味深い内容となっています。『西遊妖猿伝』は、西遊記をベースにした長編作品で、従来の孫悟空像とは異なり、より歴史的・文化的背景を重視した描写が特徴です。中国史や神話、伝承を盛り込み、唐代の歴史背景や実在の人物とのリンクを大胆に描いており、歴史的なリアリズムとファンタジーが融合した緻密なストーリーテリングが魅力となっています。
参考)匂わせBLも?深読みしたくなる『西遊妖猿伝 大唐篇』の世界 …

 

諸星大二郎の作品世界の特徴は、デビューから現在まで途切れることなく新作を発表し続けていることと、実は90年代を境に大きく変化していることです。初期作品では「絶望」「SF」に「伝記」がプラスされ、かつ彼岸と此岸を行き来したり境界にいることのユーモアが描かれていましたが、後期作品では好々爺的な作風も見られるようになりました。ただし、諸星作品の根底にある「他界(この世界全体の果てでもある)を夢見続けていること」という特徴は一貫しており、『生物都市』や『生命の木』などでは他界に対するあこがれや反発が強く表現されています。youtube
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