マスターペインターとは、陶磁器メーカーにおいて最高峰の技術を持つ絵付け職人に与えられる称号です。特にハンガリーの名窯ヘレンドでは、約310名のペインターの中から厳しい選考を経た一握りの職人だけがこの称号を得ることができます。15世紀南ドイツで生まれたマスター制度を現代まで守り続けている希少な存在です。
参考）ペインター ヘレンド ジャパン
この称号を得るには、ヨーロッパ伝統の写実画、ペルシャ文化における細密画、シノワズリーの基となる東洋画という全く異なる三つの文化の描写技術をすべてマスターする必要があります。実技選考では、これらの様々なパターンの描写力が求められ、どれも完璧に描けなければなりません。
参考）元ヘレンドマスターペインターによる絵付けデモンストレーション…
マスターペインターの作品には、裏面にフルネームのサインを記入することが許されています。これは一般のペインターが番号しか記入できないのに対し、マスターだけに与えられた特別な権利です。このサインがあることで、作品の真贋や価値を判断する重要な手がかりとなります。
参考）ヘレンドのマスターペインター
マスターペインターによる絵付け作業は、驚くほど繊細で高度な技術を要します。絵の具は顔料にテレピン油とオイルを混ぜ合わせたもので、非常に細かく粉末化された鉱物が使用されます。ガラスのパレット上で絵の具を混ぜ合わせたり薄めたりしますが、粒子が細かいため摩擦の少ないガラスパレットでなければ細かく調整できません。
絵付けするキャンバスとなる陶器の肌は、薄く釉薬が塗られ一度焼成したものです。その上に絵付けを行いますが、絵の具を厚く塗ってしまうと次の焼成時に崩れてしまうため、非常に薄く描き上げる必要があります。マスターペインターの中でも特に優れた技術を持つ職人は、しっかりとした下書きをせず、ざっくりとした下書きだけでバランスをとり、そのまま絵付けを行うことができます。
筆はセーブル（イタチ科テン属）の体毛で作られたものを主に使用します。やわらかめで絵の具の含みが良いものが好まれ、熟練のマスターペインターは独自でオリジナルの筆をオーダーすることもあります。絵の具が乾かないうちにさらさらと描き上げる速さは、まさに神業と言えるでしょう。
マスターペインターによる作品は、その希少性から非常に高い価値で取引されています。一般的なヘレンド作品と比べて、マスターペインターのサイン入り作品は数倍から十倍以上の価格で販売されることも珍しくありません。例えば、マスターペインター作のコーヒーカップ＆ソーサーは15万円から20万円程度で取引されており、通常品と比較して明らかに高額です。
参考）マスターペインター作 EVERYDAY THE LUXE
希少性が高い理由は、マスターペインターの数が限られていることに加え、一つ一つ手描きで制作されるため大量生産ができないためです。総勢650人程のペインターの内、わずか25人程度しかマスターペインターとして認定されていないとされています。焼成時に割れてしまったり、検品の際にはじかれてしまったりするため、実際に市場に出回るのはほんの一握りです。
参考）マスター制度 ヘレンド ジャパン
マスターペインターの作品は、単なる食器としてではなく、芸術品や美術品としての価値も認められています。同じシリーズの同じアイテムでも、花の位置や色合いなどはペインターに委ねられているため、世界で唯一の作品となります。この唯一無二の特性が、コレクターたちにとって特別な価値を生み出しています。
参考）http://warrickparkdental.com/?328341196
マスターペインターの作品を見分ける最も確実な方法は、陶器の裏側にあるサインを確認することです。マスターペインターには作品の裏にフルネームを記す権利が与えられており、一般のペインターが番号のみを記入するのとは明確に区別されます。サインは手書きで描かれているため、同じマスターペインターでも作品ごとに微妙に異なる場合があります。
参考）301 Moved Permanently
陶器の裏印は「バックスタンプ」とも呼ばれ、作品の作者や製造年代などを示す重要な手がかりです。ヘレンドの場合、工房のマークとともにマスターペインターのサインが書き込まれています。裏印を調べる際は、まず写真を撮影し、ブランド名や特徴的な記号を検索すると良いでしょう。
参考）https://item.rakuten.co.jp/sevres/herend-15-pvi-02518/
作品の表面からも、マスターペインターの技術を見分けることができます。絵付けの細部まで丁寧に描かれており、お皿の裏側の小さな葉っぱも一つ一つハンドペイントで描かれています。グラデーションの美しさや線の繊細さ、色の発色の良さなども、マスターペインターならではの特徴です。また、作品にはヘレンド工房のマスターペインターのサインが書き込まれているため、購入時には必ず確認することをおすすめします。
参考）ヘレンドのマスターペインターが教えてくれたこと｜ブランド食器…
マスターペインターによる貴重な陶器食器は、適切なお手入れと保管によってその価値と美しさを長く保つことができます。手描きの絵付けは非常に繊細なため、洗浄時には柔らかいスポンジと中性洗剤を使用し、強くこすらないように注意が必要です。特に金彩が施されている作品は、金属タワシや研磨剤入りの洗剤は絶対に使用してはいけません。
食器洗浄機の使用については、高温や強い水圧により絵付けが剥がれる可能性があるため避けるべきです。手洗いした後は柔らかい布で水分を優しく拭き取り、自然乾燥させることをおすすめします。保管する際は、重ね置きする場合は必ず間に柔らかい布やフェルトを挟んで、絵付け面が直接触れないようにしましょう。
展示する場合は、直射日光を避けた場所を選びます。紫外線により絵の具が退色する可能性があるためです。湿度が高すぎる場所も避け、定期的に柔らかい布で優しく拭くことで、美しい状態を維持できます。マスターペインターの作品は投資価値も高いため、購入時の証明書や箱は大切に保管しておくことをおすすめします。将来的に売却や鑑定を依頼する際に、これらの付属品があることで価値が大きく変わってきます。
