晩年のカラヤンがウィーン・フィルハーモニー管弦楽団と録音したレクイエムは、この曲の名盤として長年にわたり愛され続けています。1984年に録音されたこの演奏は、清涼飲料のような爽やかさを持ち、死を連想させる重苦しさよりも安息の雰囲気が漂っています。カラヤンは何も繕わず、ただ清々しくモーツァルトを指揮しており、まるで人生を物語っているかのような深みがあります。
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この録音の最大の魅力は、芝居がかっていない実直な表現にあります。晩年のカラヤンの穏やかな心の深みが垣間見え、終始繕わず自然体で表現している点が聴き手の心を打ちます。カラヤンの他の録音では多少クセがある面もありましたが、この最後の録音となった演奏は癖なくあっさりとしており、落ち着きのある仕上がりです。「レクイエム オブ レクイエム」とも呼べる、まさに名盤中の名盤と言えるでしょう。
20世紀最高のモーツァルト指揮者であったカール・ベームが遺した大きな遺産の一つが、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団と録音したレクイエムです。ベームの演奏は、美しさと哀しさが見事に融合した感動的な名演として知られています。終始ゆったりしたテンポで演奏され、音にも重厚感があるため、まさに荘厳という言葉がふさわしい演奏です。
オーケストラと合唱のバランスが見事で、何度も繰り返し聴きたくなる魅力があります。繕わず自然と生まれる悠揚とした曲の流れは、まさにモーツァルトの曲想そのものを感じさせます。晩年のベームのテンポ遅延は、彼の芸術表現への欲求が生み出したものと評価されています。堂々とした風格がありながら、深刻になり過ぎない美感と耽美さが効いた、今もなお多くの方に聴かれ、愛され続けている名盤です。
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リッカルド・ムーティがベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮したレクイエムは、カラヤンやベームとは対照的なアプローチで人気を集めています。オペラ指揮者であるムーティらしい臨場感や劇的さのある演奏が特徴で、非常にエネルギッシュで若々しさがあり、晩年の指揮者にはないハツラツさがあります。知的で時には真面目すぎるムーティですが、この録音は人間味や優しさのある演奏で聴きやすく仕上がっています。
合唱の響きも魅力的ですが、宗教的というよりはオペラのような劇的な合唱表現には賛否があるかもしれません。ムーティはレクイエムを得意としており、各作曲家のレクイエムで名演を残していることから、まるでオペラのような劇的な演奏スタイルで高い人気を誇っています。カラヤンやベームの円熟した演奏とは異なる、若々しい生命力を感じたい方にはこの録音が最適でしょう。
近年では古楽器を使用した透明感のある美しさが中心の演奏が増えています。フリップ・ヘレヴェッヘがシャンゼリゼ管弦楽団、コレギウム・ヴォカーレを指揮した演奏は、バランスの良さが絶品の名盤として知られています。オリジナル楽器を使用したアルバムの中では、枯れすぎず華美に流れすぎず、清さと美しさが流れている演奏です。カール・ベーム盤の豪華さを満喫した後には、こうした清楚系の演奏が心に染み入ります。
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クリストファー・ホグウッドがエンシェント室内管弦楽団とエマ・カークビーを迎えて録音した演奏も、古楽器演奏の醍醐味を堪能できる名盤です。モーツァルトのレクイエムの劇的な雰囲気は控えめですが、特にソプラノのエマ・カークビーの声が可憐で美しく、独唱陣や合唱陣もとても素直な歌い方でのびやかです。本来のモーツァルトの音楽が持つ清く澄んでおり、また可愛らしさのある響きを感じさせる演奏として評価されています。古楽器演奏は青白い印象と表現されることもありますが、その透明感こそが魅力と言えるでしょう。
参考)http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=950
モーツァルト自身がオーケストレーションまで完成させたのは、冒頭の第1曲「レクイエム・エテルナム」のみです。セクエンツィアとオッフェルトリウムについては、歌と低音部パートのみが残されており、特にセクエンツィアの「涙の日」は8小節目までで中断されています。モーツァルトの死後、弟子のフランツ・クサーヴァー・ジュスマイヤーが未完の部分のほとんどの補筆を担当し、作品を完成させました。
参考)http://classic.music.coocan.jp/sacred/mozart/mozreq/edition.htm
ジュスマイヤーが作曲したサンクトゥスは当たり障りのない形で書かれており、この部分はジュスマイヤー版の弱点とされています。しかし、同じく彼の作曲であるアニュス・デイは、冒頭レクイエムの主題をバスに置いた意外な力作として評価されています。1970年代から90年代にかけて音楽学者たちの間で「ジュスマイヤー版」に代わる様々な版を作ることがブームになりましたが、90年代に入ってその傾向も一段落し、最近はオリジナル楽器派の指揮者たちもジュスマイヤー版で演奏・録音するようになりました。全曲の演奏時間はおよそ60分以上になります。
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この曲の初の全曲録音は、1937年6月29日にブルーノ・ワルターがウィーン・フィルハーモニー管弦楽団とウィーン国立歌劇場合唱団を指揮し、パリ、シャンゼリゼ劇場で行われたパリ万国博覧会でのライヴでした。ワルターの演奏はややレンジの狭さを感じさせる録音ですが、パワーのある合唱とオーケストラでなかなか力強い演奏に仕上がっています。モーツァルトを得意としたワルターの演奏として、歴史的価値が高い録音です。
参考)https://harukou.fc2.net/blog-entry-40.html
カラヤンはモーツァルトのレクイエムを3回録音していますが、1975年にベルリン・フィルハーモニー管弦楽団と臨んだ2度目の録音も名盤として知られています。この時期はカラヤンとベルリン・フィルの最盛期であり、壮大で構築力のある演奏が特徴です。晩年に録音された本作は、これまでの録音では生み出せなかった人生を語るかのような解釈で、ただただ自然と生まれるモーツァルトの響きを信頼して、ゆったりと音楽を奏でています。
参考)https://ameblo.jp/kms1954kms/entry-12686754107.html
小編成から大編成、最近は古楽風なピリオド奏法などさまざまなアプローチがあり、好みもあるでしょう。ベームのどっしりと建造物のように組み立てられた安定感のある演奏を選ぶか、古楽器による透明感のある演奏を選ぶかは、聴き手の好みによります。ベームという指揮者は最初からゆったりとしたテンポで音楽をやっていたわけではなく、1956年にウィーン交響楽団と録音した演奏は、1971年盤と比べるととても同じ人間の指揮によるものとは思えないほどの「剛毅」なレクイエムになっています。
モーツァルトのレクイエムで「癒されたい」と思う人には、カラヤンやベームの晩年の録音が適していますが、死の恐怖で聞く人をビビらせたい場合には、より直線的で力強い演奏も存在します。カラヤン盤とベーム盤が圧倒的な人気を誇る理由は、ともに晩年に録音された演奏であり、これまでの録音では生み出せなかった人生を語るかのような解釈が聴き手の心を打つからでしょう。一方のムーティ盤は対照的で、彼らしいオペラのような臨場感を重視した演奏となっており、ムーティのハツラツした劇的な演奏も高い人気があります。
モーツァルトのレクイエムを初めて聴く方には、まずカラヤンやベームの定番の名盤から入り、その後に古楽器演奏やムーティのような劇的な演奏を聴き比べることをおすすめします。名盤と呼ばれるCDを聴かないと、個性の強い演奏や独特の解釈がされた演奏の奥深さは体感できません。誰もが名盤だと言えるものを聴いた上で、自分の好みに合った演奏を探していくのが、クラシック音楽の楽しみ方の一つです。
1791年の夏、灰色マントをまとった男からの作曲依頼がモーツァルトに舞い込みます。人気にも陰りが出てきて経済的困窮におちいり、しかも病気がちなモーツァルトにやってきた高額報酬のレクイエム(死者のためのミサ曲)の作曲依頼でした。モーツァルトは、この正体不明の男を「あの世からの使者」と考え、レクイエムの作曲も自分自身に向けたものであると思い込み、作曲にのめり込みました。そして、作品が未完のまま死を迎えてしまいます。
この「灰色マントの男」の正体は、今では「フランツ・アントン・ライトゲープ」という人物だったということがわかっています。この男は、「フランツ・フォン・ヴァルゼック伯爵」という地方貴族の使いの者でした。ヴァルゼック伯爵は、有名な音楽家たちに作曲を依頼し、自らそれを指揮して演奏し、なんとその曲を「自分の作品として発表」していたのです。
興味深いことに、美しい陶器や食器を鑑賞する際の心構えと、レクイエムのような名曲を聴く姿勢には共通点があります。陶器においても、作り手の技術や背景にあるストーリー、時代背景を知ることで、作品の価値がより深く理解できるのと同様に、モーツァルトのレクイエムも作曲背景や未完成という事実、そして補筆の歴史を知ることで、音楽の味わいが格段に深まります。高級な陶磁器を手に取る時のように、名盤と呼ばれる録音を丁寧に選び、じっくりと時間をかけて鑑賞することが大切です。
カラヤンやベームの晩年の演奏が持つ円熟味は、まるで長年の使用を経て味わいが増した骨董品のような深みがあります。一方、古楽器演奏の透明感は、現代の清潔で洗練された白磁のような美しさに例えられるでしょう。どちらも異なる魅力を持ちながら、モーツァルトという天才作曲家の最後の作品が持つ普遍的な美しさを伝えてくれます。陶器愛好家が様々な窯元や時代の作品を集めるように、クラシック音楽ファンも複数の名盤を聴き比べることで、より豊かな音楽体験を得ることができるのです。
モーツァルト:レクイエムの名盤3選を詳しく解説 - カラヤン、ベーム、ムーティの録音を聴き比べる際の参考に
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