近年、陶磁器業界において環境負荷の低減が重要課題となる中、バイオマス素材を活用した革新的な製品が注目を集めています。その代表例が「シェルミン」と呼ばれる次世代バイオマス食器です。この製品は主成分の半分以上が卵の殻から作られており、従来の陶磁器とは一線を画す環境配慮型の食器として市場に登場しました。
シェルミンの最大の特徴は、廃棄される卵殻を有効活用している点です。日本国内だけでも年間約25万トンもの卵殻が廃棄されていると言われており、この未利用資源を陶磁器の原料として再利用することで、廃棄物削減と資源の有効活用を同時に実現しています。
製品の質感については、従来の陶器に近い風合いとほど良い重量感を持ち合わせており、使用感を損なうことなく環境への配慮を実現しています。耐熱性や耐久性も一般的な陶磁器と遜色なく、日常使いの食器として十分な性能を備えています。
製造工程においても、従来の陶磁器製造と比較して焼成温度を低く抑えることが可能となり、エネルギー消費量の削減にも貢献しています。これにより、製造時のCO2排出量を約30%削減できるという試算もあります。
バイオマス陶磁器の普及に伴い、使用済み陶磁器のリサイクルシステムの構築も進んでいます。従来、陶磁器は一般廃棄物(燃えないゴミ)として処理され、そのほとんどが埋立処分されていましたが、近年では「もったいない陶器市」のような取り組みを通じて、陶磁器のリユース・リサイクルが促進されています。
この取り組みは2006年に個人レベルで始まり、2008年には生駒市の事業として本格化しました。回収された陶磁器のうち約3分の2がリユースされ、残りの3分の1がリサイクル坏土として再生されています。月間約1トンの陶磁器が回収され、最終処分場への埋立量の削減に大きく貢献しています。
さらに注目すべきは「BONEARTH®」と呼ばれる世界初の取り組みです。これは捨てられる食器をリサイクルして肥料化するプロジェクトで、特にボーンチャイナに含まれる「リン酸三カルシウム」が肥料の重要成分であることに着目し開発されました。2021年12月に施行された「肥料の品質の確保等に関する法律」により、ようやく陶磁器のサーキュラー化(循環利用)が法的に可能となりました。
この取り組みの意義は単なる廃棄物削減にとどまりません。現在、日本で使用されているリンのほとんどは海外からの輸入に依存しており、価格高騰が問題となっています。国内で発生する陶磁器廃棄物からリン酸肥料を生産することで、資源の国内循環を促進し、持続可能な食料生産にも貢献するという点で、非常に画期的なシステムと言えるでしょう。
バイオマス素材を活用した陶磁器の中でも、特に注目されているのが竹由来の素材です。竹は成長が早く、持続可能な資源として世界中で注目されていますが、その特性を活かした陶磁器製品も開発されています。
竹由来のバイオマスプラスチックを使用した食器は、「抗菌・抗カビ性」に優れているという特長があります。竹に含まれる成分には自然の抗菌作用があり、これを食器に応用することで、衛生面での安全性を高めることができます。特に子供用食器や介護用食器など、衛生面への配慮が必要な製品において、その特性が活かされています。
製品例としては、日本製の竹配合抗菌樹脂(バイオマスプラスチック)を使用した子供用食器セットがあります。これらの製品は、-30℃~140℃という広い温度範囲に対応し、食洗機や電子レンジにも使用可能という実用性も兼ね備えています。また、BPAやBPSなどの有害化学物質を含まない安全性の高い素材設計がなされています。
さらに、tupera tuperaブランドの子供用食器セットでは、プレートには強化磁器(クリストバライト結晶の磁器)を使用し、フォークとスプーンには竹紛配合バイオマスプラスチックを採用するという、素材の特性を活かした組み合わせも見られます。強化磁器は一般の磁器よりも強度に優れており、子供用食器として耐久性を確保しつつ、カトラリー部分は竹由来素材の抗菌性を活かすという、機能性を重視した設計となっています。
このように、バイオマス素材と陶磁器の融合により、従来の陶磁器にはない機能性や安全性を付加した製品開発が進んでいます。特に竹由来素材の抗菌性能は、食品安全性への意識が高まる現代社会において、大きな付加価値となっています。
バイオマス陶磁器の製造技術は、従来の陶磁器製造とは異なる特徴を持っています。ここでは、その製造プロセスと従来技術との違いについて詳しく見ていきましょう。
まず、原料調製の段階では、バイオマス素材(卵殻、竹粉、もみ殻など)を適切な粒度に粉砕し、従来の陶土や粘土と混合します。この際、バイオマス素材の配合比率は製品の特性に大きく影響するため、目的に応じた最適な配合を見つけ出す研究が進められています。一般的には、バイオマス素材の配合率は20~50%程度が多いようです。
成形工程においては、バイオマス素材を含む原料は従来の陶土と比較して可塑性(形を作りやすい性質)が異なるため、成形技術の調整が必要です。特に卵殻を含む原料は、カルシウム成分が多く含まれるため、乾燥時の収縮率が従来の陶土と異なります。このため、成形後の乾燥工程では、ひび割れを防ぐための緩やかな乾燥条件の設定が重要となります。
焼成工程では、バイオマス素材の特性を活かした低温焼成が可能となる点が大きな特徴です。従来の陶磁器が1200℃以上の高温で焼成されるのに対し、バイオマス陶磁器の一部は900~1100℃程度の比較的低い温度での焼成が可能です。これにより、エネルギー消費量を約20~30%削減できるという試算もあります。
また、焼成時の排ガス処理においても、バイオマス素材に含まれる有機物の燃焼による影響を考慮した設備が必要となります。特に竹由来の素材を多く含む場合は、有機物の燃焼に伴う排ガス処理が重要な課題となります。
製品特性の面では、バイオマス陶磁器は従来の陶磁器と比較して、以下のような特徴があります。
これらの特性を活かした製品開発が進められており、特に軽量性と断熱性を活かした食器類や、独特の質感を活かした装飾品などが市場に登場しています。
バイオマス陶磁器技術の発展は、陶磁器産業だけでなく、関連する多くの産業分野に波及効果をもたらすと予測されています。ここでは、今後の展望と産業界への影響について考察します。
まず、農業分野との連携が強化されると考えられます。卵殻や竹、もみ殻などの農業副産物を陶磁器原料として活用することで、農業廃棄物の有効利用が促進されます。特に「BONEARTH®」のような取り組みは、陶磁器から肥料へという新たな資源循環の流れを作り出し、農業と陶磁器産業の循環型連携モデルとなる可能性があります。
次に、食品産業との連携も重要な展開方向です。食品容器としてのバイオマス陶磁器は、環境配慮型製品として飲食店やホテル、ケータリングサービスなどでの採用が進むでしょう。特にSDGs(持続可能な開発目標)への取り組みを重視する企業にとって、バイオマス陶磁器の導入は環境対策の一環として有効な選択肢となります。
また、建材産業への応用も期待されています。バイオマス陶磁器の技術を応用したタイルや内装材は、断熱性や調湿性に優れた特性を持ち、環境に配慮した建築材料として注目されています。特に、竹由来のバイオマス素材を活用した建材は、抗菌性も兼ね備えており、医療施設や食品工場などの衛生管理が重要な施設での採用が見込まれます。
製造技術の面では、3Dプリンティング技術との融合が進むと予想されます。バイオマス素材を含む陶土を3Dプリンターで成形する技術が開発されており、複雑な形状や個別カスタマイズが容易になることで、新たな市場創出につながる可能性があります。
市場規模としては、グローバルなバイオマス陶磁器市場は2025年までに年間成長率15%程度で拡大すると予測されています。特に環境規制が厳しい欧州市場や、持続可能性への関心が高まるアジア市場での需要増加が見込まれます。
日本の陶磁器産業にとっては、伝統的な技術とバイオマス素材技術の融合により、環境配慮型の高付加価値製品として海外市場での競争力を高める機会となるでしょう。特に、有田焼や美濃焼などの伝統的な産地が、バイオマス技術を取り入れた新製品開発に取り組むことで、産地の活性化につながる可能性があります。
課題としては、バイオマス素材の安定供給体制の構築や、品質の均一化、コスト競争力の向上などが挙げられます。これらの課題を克服するためには、産学官連携による研究開発の推進や、スケールメリットを活かした生産体制の確立が重要となるでしょう。
バイオマス陶磁器は、単なる環境配慮型製品にとどまらず、新たな産業エコシステムを創出する可能性を秘めています。陶磁器製造に携わる事業者は、この技術革新の波を捉え、持続可能な事業モデルへの転換を図ることが、今後の競争力維持・向上の鍵となるでしょう。